5月5日、福島県立美術館を訪ねました。

今年の4月から郡山にある日本大学工学部建築学科に週一度非常勤講師として通うこととなり、GW中に福島県内のいくつかの建物を見て回りました。(翌6日が授業日でした。)

まず最初に訪れたのが福島県立美術館です。

福島県三春町出身の建築家・大高正人(おおたか まさと、1923年9月8日 – 2010年8月20日)による設計です。

信夫山のふもとに、県立図書館(右)と並んで建っている。

敷地は福島大学経済学部森合キャンパスの跡地。

駐車場から美術館入口に向かうアプローチ

1984年7月竣工。メンテナンスはしているようですが、築30年以上とは思えないほど、若々しく見えます。入口の形状は独特ですが、全体にそれほど奇をてらったデザインでないので、時間に淘汰されにくい、風化しない建築のように思われます。レンガタイル貼の外壁と金属葺きの屋根という外装材の組み合わせも、建物が古いものと感じさせない要因かもしれません。それでいてずっと前からここにあるような落ち着いた雰囲気をももっています。背景の信夫山の山並みとの形態の呼応や色彩の対比なども絶妙です。

エントランス 切妻の家型のヴォリュームが突き出して、庇の役割を果たしている。
ホールに通じる吹き抜けの廊下(エントランス)
全体を束ねる巨大なホール

材料の使い方や、ディテールが研ぎ澄まされているという感じではありませんが、このボリューム感はなかなかのものです。中央の縦長窓と連続したトップライトの効果で、壁や天井に包まれながらも、明るく、閉塞感はありません。

表面にわずかにむくりのついた列柱が宗教建築のような崇高な雰囲気を醸し出しています。花崗岩のような石が貼られた列柱とは対照的に、内装の壁と天井には天然の木が貼られており温もりを感じさせます。ミスマッチというのか、この組み合わせは面白いですね。

以下、設計者の大高正人の略歴です。(Wikipedia 情報です)

福島県三春町に生まれる。1936年旧制福島県立福島中学校(現福島県立福島高等学校)卒業。 在学中器械体操部のマネージャーと美術部部長をつとめる。37年旧制浦和高等学校理科入学。体操部所属。44年高等学校を繰り上げ卒業。

1947年東京大学工学部建築学科卒。1949年東京大学大学院修了後に前川國男建築事務所に入所。1960年に東京で開催された世界デザイン会議を契機に川添登菊竹清訓粟津潔黒川紀章槇文彦らと戦後の日本で最初の建築思想であり運動であったメタボリズム・グループを結成した。1962年大高建築設計事務所設立。

2010年老衰のため死去。86歳没

昨年10月から今年2月まで、国立近現代建築資料館で、「建築と社会を結ぶ大高正人の方法」という展覧会が開かれていました。それだけ日本の近代建築史上重要な人物ということですね。

私も今回、実作を通して大高正人の建築思想の一端に触れることができたように思います。

2階へのスロープ
同上

大高は、日本人の3人のル・コルビュジエの弟子のうちの一人、前川國男の流れを汲む建築家です。以前、この空間日記でも取り上げた宮城県美術館は前川國男の作品ですが、それにも通じるゆったりした雰囲気がこの美術館にはあります。

大高は、坂出人工土地 (香川県坂出市/1967年)など、都市計画の分野でも名を成しており、この美術館にもその構想力のスケールの大きさが感じられます。

常設展示室(福島県ゆかりの作家の作品が展示されている)

常設展示室は、いわゆるホワイトキューブではなく、木調で天井の形状にも特徴のある個性的な空間ですが、それほど主張が強いとは感じられず、美術品の鑑賞も落ち着いてできます。

常設展示室は、外観の特徴でもあった寄棟屋根の形状がそのまま内部に反映されている。

福島県立美術館は絵画、版画、彫刻、工芸など2000点以上の美術品を収蔵しています。中でも、アンドリュー・ワイエス、ベン・シャーンをはじめとする20世紀アメリカ絵画、フランス印象派の絵画、わずか20歳で没した白河市出身の洋画家・関根正二と同時代に活躍した画家たち、会津坂下町出身の版画家・斎藤清の500てんを超えるコレクションなどが特色となっています。

常設展示室
常設展示室の諸室の間には、ところどころにこのような不思議な入口があり
のぼって(入って)みると、休憩室になっている。
このような休憩室が数多くちりばめられていた。
展示室をつなぐホールにも休憩スペースがある

展示室の合間には、自然の風景を眺めてリラックスできる休憩所が設けられていました。美術館には大切なことです。

中央ホールに戻る廊下

現在開催中の企画展 ミューズ まなざしの先の女性たち

東京・上野にある国立西洋美術館の所蔵作品による展覧会です。平成29年度国立美術館巡回展として企画された本展は、国立西洋美術館のコレクションから選んだ絵画40点、彫刻6点、版画47点、工芸10点の計103点から構成されます。

「女性作家たち」を特集した序章に続いて、「母と家族」「働く女性たち」「女性の裸体表現」「アルカディアの女性たち」「恋愛・結婚―女と男の物語」「魔性の女」「近代都市生活と女性」の7つの切り口から、ヨーロッパにおける女性表象の歴史を紹介しています。

今回の展覧会の展示作品を所蔵する国立西洋美術館。近代建築の巨匠、ル・コルビュジエによる設計。1959年竣工。

2016年7月には国立西洋美術館は、他6ヵ国16資産とともに、ユネスコの世界文化遺産「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献」に登録されました。

ル・コルビュジエによる世界遺産となった美術館から、その孫弟子が設計した福島県立美術館に、多くの作品がやってきました。何か不思議な縁でつながった展覧会ですね。

企画展示室 床材はビニル系の素材か。表面がてかっていてあまり感心できないが、何か意図があったのだろうか。今回の企画展の内容は素晴らしいが、企画展示室の空間自体は、常設展示室に比べるとあまり建築家の思いが感じられない。使いやすくフレキシブルな空間を目指したということか。
レストランへの通路
図書館に向かう通路はこのように閉鎖的で薄暗い箇所もあり、もう少し工夫してもよかったのではないかと思う。
レストラン ちょっとホールからは離れていて、知っている人でないと行きづらい。 美術館と図書館の間の中央アプローチの突き当りにある
カフェの前は水庭になっている
福島県立図書館の内部 設計は石本建築事務所
設計者の異なる二つの建物は同時に設計・施工されたようだ。

 

図書館外観
美術館に戻る。 ホールに接して設けられた、映像装置
美術館や美術に関するビデオ番組を選んで見ることができる。下に座った人にだけ大きな音で聞こえる特殊なスピーカーが頭上に設置されている。当時の最先端技術か?
操作パネル

いまなら情報検索は、なんでもiPad(タブレット)が1台あれば済んでしまうのですが、こういうちょっと手の込んだ装置を建築の一部としてつくれた時代が懐かしく、少しうらやましい気もします。

先端技術を使った展示装置の陳腐化は、博物館ではいつも気になるものですが、これにはなんだか、思わず微笑んでしまいます。機能的には時代遅れなのかもしれないけれど、撤去したりせずに残しておいてほしいですね。

入口近くにあるショップ
エントランスホール
エントランス広場
その中央には、井上武吉の「MY SKY HOLE 89-2」

福島にはまだまだ私の知らない名建築があるようです。

福島らしい、素朴でおおらかな美術館でした。建物を巡るなかでいつの間にか癒されていることに気づきました。基本がしっかりしていれば、長い年月を経ても揺るぎない建築ができるということを再認識しました。

私の福島建築巡りは始まったばかり。これからが楽しみです。