2019年4月に訪れた、ベトナムの建築の紹介です。だいぶ間が空いてしまいましたが、2019年5月~7月に、この空間日記に掲載したものの続きです。(よろしければ、アーカイブをご覧ください。)
新型コロナウイルスが世界を覆う前ですね。この1年後には大きく世界が変わってしまいました。一日も早くコロナ禍が収まって、また自由に海外に行けるようになるとよいですね。
訪問日時は2019年4月4日午後3時頃です。この3日前に新元号「令和」が発表され、日本からベトナムの空港に到着した際にスマホに表示されたニュースでそれを知りました。
場所はダナン近郊の歴史都市ホイアンの古くから陶芸を行っていた集落にあります。
ホーチミン市を拠点とする設計事務所Tropical Spaceの作品です。2019年6月に紹介した、The Termitary House もこの建築家ユニットの作品です。
Tropical SpaceはTrần Thị Ngụ Ngônと Nguyễn Hải Longの二人によって設立されました。
ホームページに、詳しいプロフィールが載っています。
Terra Cotta Studioは、陶芸家のアトリエ(兼ギャラリー)です。
ホームページには、作品の解説が掲載されています。以下に翻訳したものを引用します。(以下のカギカッコ内が引用です。)
「クアンナム省ディエンバン地区のトゥーボン川沿いにあるテラコッタスタジオは、独特の建築構造をもっています。」
「このスタジオは、有名な陶芸家であるレ・ドゥック・ハーの作業スペースでありかつ、美しい芸術的な建築となっています。」
「トゥーボン川は、テラコッタやマット、シルクなど様々な伝統工芸の村や農業に従事する人々が大多数をしめる地域住民の生活に強い影響を及ぼしています。」
「このプロジェクトは一辺7mの立方体の建築です。」
この中央の轆轤(ろくろ)が、作家の作品制作に使われています。(ホームページの作品紹介の中に制作風景の写真が載っています。)天井は網代のようなものを型枠に使ったコンクリート打放し仕上げです。
「スタジオの周囲には、テラコッタ製品を乾燥させるための竹のフレームが設置されています。さらに、休憩したりお茶を飲んだりするための大きなベンチが2つ設置されています。この架台は、アトリエと作業場を隔てる柵の役割も果たしています。」

「スタジオの一番外側の層は、ベトナムの伝統的なかまどを思い起こさせる粘土でできたレンガで作られています。また、この地域は4世紀から7世紀にかけてチャンパ王国の首都であったトラキエウの一部であったことから、チャンパ文化の特徴も受け継いでいます。」
「レンガを積み重ねながらところどころ孔をあけ、風通しを良くし、換気・空調の効率も向上させています。この層は、スタジオから外の環境を完全に遮断する壁ではないので、作家は周囲の風や川の涼しさ、自然の音を感じることができます。一方、作家のプライバシーは守られます。」
「スタジオの内部は、3階建ての木造フレームのシステムで、60cm角のモジュールに作品を展示するための棚、2階へ続く階段、廊下、腰掛けが組み込まれています。フレームの高さは7メートル。廊下を進むと、窓から工房や川岸、庭全体が見渡せます。」
中二階中央の吹抜けには手摺はなく、注意喚起の丸鋼(鉄筋)だけが床から少し浮かして設置されている。

「スタジオの中心は2つのフロアで構成され、1階にはアーティストが作業する轆轤があります。そこでは、日の出から夕暮れまで、作家と作品は太陽の光と対話することができます。静寂の中で、作家と作品、作家自身とその影との対話を見出すことができます。同時に、太陽の動きによって、時間の経過とともに表情の変化するテラコッタの作品を見ることができます。」

「中2階では、スタジオの内外のさまざまな空間を見ることができ、中央の丸い吹抜けからは、アーティストが作業している様子を見ることができます。」
「また、この建物を設計する際には、浸水の影響も考慮しました。上部の棚に完成品と未完成品の両方を置くことで、万が一、川が決壊して建物に流れ込んでも安全であるように配慮しました。」
「設計者は、このスタジオが、完成した作品と未完成の作品の両方とともに、作家の感情を内包し、深化させ、広める場所であることを望んでいます。このプロジェクトは、テラコッタを愛する人々が、粘土(への思い)を共有し、体験するための場所です。」(ホームページ内の解説からの引用終わり)
立方体というプラトン立体からなる純粋な幾何学的な構成をもつ、きわめてコンセプチュアルな空間だが、そのディテールは手作りで粗粗しく生命力が漲っている。
現地文化に根差した工法、伝統から着想を得た意匠を用いながら、大胆さと繊細さ、現代性と地域性を併せもっている。
この土地の歴史や地域性などの特性が五官を通して感じられ、また、作家の個性が本人が不在でも、建築と作品が一体となった空間から声として聞こえてくるようだ。
「内部」と「外部」、「抽象」と「具象」、「アトリエ(制作)」と「ギャラリー(展示)」、「作品(展示されるもの)」と「建築(展示するための場所)」、「未完(途上)」と「完成」という、近代では通常はっきり区別して扱うものを、あえて境界をあいまいにして、ゆるくつなげたことで、不思議な魅力をもった建築となっている。
芸術のための純粋な美的空間を目指しながらも、通風や採光、プライバシーなど、実用面にも配慮されていて、ベトナムという気候風土の中では快適に過ごせそうでした。
これもベトナムの今日の建築の一断面をよくあらわした作品かもしれません。

Terra Cotta Studio