このホームページをご覧いただきありがとうございます。

どのような経緯でたどり着かれたかはわかりませんが、これも何かの御縁かと存じます。しばしお時間を拝借できればと思います。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

私は主宰者の矢野英裕と申します。生まれも育ちも山形ですが、大阪の安藤忠雄建築研究所に二十余年お世話になり、実務を通して建築を学びました。そして、2015年3月、約30年ぶりに山形に戻り、空間芸術研究所/vectorfield architectsを設立しました。

安藤事務所では、日本各地のみならず、スリランカ、韓国などの異国の地でも、さまざまな種類の建物の設計・監理を担当する機会を与えていただきました。

それは貴重な経験でしたが、2011年3月の東日本大震災を一つのきっかけに、自分の郷里である山形にもどり、今までの経験を生かし、東北から何かを発信してみたいと考えるようになりました。

関西で生活する間に、奈良や京都の古建築にも多く接し、大阪・神戸の独自の都市文化も経験し、東北だけでなく東京をもある程度相対的にみられるようになったのではないかと思います。

山形は、明治期の英国人旅行者イザベラ・バードが『日本奥地紀行』の中で「桃源郷」と、戦後1960年代の駐日米国大使のE.O.ライシャワーが「山の向こうのもう一つのニッポン」と称讃した場所です。

2015

いまだにその面影を残し、豊かな自然環境や農作物に恵まれ、正直で温厚な人びとが住む、魅力的な場所だと私は思います。

その一方で、建築やまちづくりに関しては、先人の多くの努力には敬意を表するものの、いささかの物足りなさを感じざるをえません。

そこには、山形に固有の問題と地方都市に共通した問題が、複雑に絡み合っているのでしょう。

むかしとは異なり、日本の津々浦々までインターネット等の情報技術/インフラ、通販や物流網が整備され、山形にいても、情報やものの入手のしやすさという点では都会との格差はそれほど感じられなくなりました。

仕事の面では、地方都市でも、都会にいるのと同じように、日本各地のみならず世界とも交信しながら活動できる基盤は整ってきたと思います。

むしろ、日々美しい自然に触れ、新鮮なものを食し、通勤などに無駄に時間を費やすことがないという意味では、都会よりも恵まれた環境で生活し、その中でより上質なものを追求できる可能性があると思っています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

しかし、ロードサイドの量販店やファミレス、コンビニや郊外型のショッピングセンター、家電のように快適な規格型住宅、そしてスマホなどの情報端末が、物質的豊かさや興味本位の情報で人々の欲求を満たしていく一方で、中心市街地が空洞化し、精神文化の画一化をもたらしている現状には危惧の念を抱きます。

都会と同じくらい便利にはなったが、本当の意味で豊かになっているのか? 確かに暮らしやすいが、文化としての建築や都市を考えた場合、このままでよいのだろうか? という問題意識はもち続けたいと思います。

安藤先生のもとでは多くのことを教わりましたが、その中でも重要なことは「場所や素材のもつ潜在力を引き出す」「そこにしかない場の固有性を生かす」ということだと思っています。

東北の地・山形を中心にしながら、各地でそれぞれの敷地との対話を重ね、その潜在力を生かすような活動をしていけたらと思っております。もちろん、そこにかかわる多くの方々との対話も大切にしながら。

建築、インテリア、ランドスケープ、まちづくり、分野は問いません。お役に立てることがあればうれしく思います。

ご興味をお持ちの方はぜひ一度ご連絡ください。よろしくお願いいたします。

矢野英裕