2017年10月9日、富山県美術館を訪ねました。夕方から夜にかけての訪問でした。

内藤廣さんの設計。2017年8月26日全面オープンしたばかりです。

内藤廣さんは「海の博物館」で1992年日本建築学会賞を受賞。代表作に「牧野富太郎記念館」「島根県芸術文化センター」などがあります。

私の住む山形県でも、寒河江市に「最上川ふるさと総合公園センターハウス」を設計されています。

「富山県美術館-Toyama Prefectural Museum of Art and Design」は、富山駅北西側にある富岩運河環水公園西地区の見晴らしの丘のあった敷地に建設されました。

鉄骨造(一部鉄骨鉄筋コンクリート造)地上3階建。

旧富山県立近代美術館を移転・新築したものですが、「近代」の二文字は外されています。そして、英語名称には「Art&Design」が付加されています。

設計案はプロポーザルにより選定されました。(WEB上の関連記事へのリンク

現在WEB上で公開されている、県で策定した基本計画、内藤事務所による基本設計案を見つけることができました。

設計者による設計コンセプト等も美術館のHPで読むことができます。

建物正面 ロゴマークのデザインは永井一正

美術館のコンセプトは「アートとデザインをつなぐ」

正面から見た印象は、今まで内藤氏の手がけた建物とは少し違って、端正な近代建築のような外観だ。しかし、第一印象ほど単純な建物ではなく、さまざまな工夫が凝らされている。

これまであった富山県立近代美術館は、当時建設からすでに33年以上も経ち、耐震基準を満たしておらず、空調施設も旧式で、特に消火設備がスプリンクラー式であり、火災の際他の美術品にも影響を与えるなど、文化庁の基準も満たしていないことから、他の美術館からの美術品の借り受けにも支障をきたすため、早急な対策が必要であった。そこで現在地での建て替え、移転新築などを検討し、市街地郊外ではなく富山駅に近く公共交通機関を利用し県内外の人達が気軽に訪れ、中心市街地の賑わいを富岩運河環水公園と共にもたらすことができるとして、富山県は2013年(平成25年)に、富山駅北側の富岩運河環水公園西地区の見晴らしの丘に新築移転すると発表した。(Wikipedia情報)

プロポーザル時のダイアグラム

まず、建物外周部の階段をのぼっていく

富山県の主要産業であるアルミ材が、外装含め、さまざまなところで使われています。南面の外装材はアルミだが、よく見ないと金属だとはわからなかった。

段を上りきると屋外広場にいたる
場所の優位性を最大限活かすことを考え、周辺環境を受け止める3つのラインを設定。 (プロセス1)環水公園を抱き込む放物線 (プロセス2)環水公園全体の軸線を完結させるシンボルタワー( プロセス3)立山への眺望を受け止めるライン

「環水公園をリスペクトする意味で、公園全体を受け止めるような放物線を引き、それに抱かれるような楕円を描いた。さらに楕円の公園側を、立山連峰に平行する線で切ることでできた形を基本に設計を進めていった。」「最近、幾何学を用いることは多い。特に公共建築の場合、説明の付くしっかりとした形に収めるほうがよいと思っている。」と内藤氏は語る。(『日経アーキテクチュア』2017年10月12日号より)

この屋外広場は、放物線の頂点にあたる位置にある。プロポーザル時に重要視されていたタワーは、何らかの理由で計画途中で消滅したようだ。

正面入り口の裏側にある屋外広場は彫刻公園になっている

屋根の上にも彫刻作品が
この屋外広場からさらに階段をのぼっていくと、運河側のテラスへといたる
階段脇の側溝(蛇籠のようなもので覆っている)
北面の外壁 アルミ製

外壁のアルミは、南北面で異なる使い方をしたという。こちらは北面のディテール。

集水のための側溝のふたを兼ねた点字誘導ブロック
階段をのぼりきると運河への視界が開ける
テラスから3階ロビーへの入り口

もう一つ、階段をのぼると、屋上広場「オノマトペの屋上」にいたる
オノマトペとは「ふわふわ」「ぐるぐる」などの擬音語、擬態語のこと。
冬はどうするのかと思ったが、さすがに、雪の多い富山では、冬期の屋上開放は難しいようだ。

佐藤卓デザインの遊具が屋上庭園に設置されている。

プロポーザル時から、「見晴らしの丘」と「ふわふわドーム」を継承するのは重要なテーマだった。
屋上のトップライトには格子状の落下防止のガードがしっかり設けられている

この「ふわふわ」と同じような遊具が、この敷地にもともとあった公園に設置されていたという。県知事の要望で残す方向で検討された。その結果、子供たちに人気のあったその公園を、そのまま美術館の屋上にもっていき、さらに充実させることになったようだ。以前と比較することはできないが、家族連れで大変な賑わいだ。

屋上広場から運河を望む
プロポーザル時の意図は実現されているようだ
手すりの間に仕込まれた足下灯

ベンチの座面はアルミの押出材

屋上庭園につきだした風除室から館内へと入る

傘立て(これは鉄のドブ漬(溶融亜鉛メッキ燐酸処理)のようだ)

内部壁仕上げ(アルミの目地がアクセント)
天井にもアルミ・スパンドレルが使われている。設計者は「一円玉のような質感」にこだわり、試作を繰り返したという。
美術館のリーフレットより

壁ディテール。壁・天井には県内産の杉材が使われている。部材端部の微妙な形状までこだわったという。決してCAD(コンピューターによる作図)では追えないような細かいことに、この美術館では取り組んだと内藤氏は語っている。
3階ロビー側から見たレストラン(日本橋たいめいけん)

2、3階ロビーからは、富岩運河環水公園越しに立山連峰を望むことができる。

プロポ時は、エントランスホールは3層吹抜となり大空間を利用した展示が可能とされていたが、2階と3階を貫く2層吹き抜けとして実現した。それでも十分な高さはとれている。この大空間に呼応する展示物の搬入はどこから?

 

床に設置された円形の空調吹出口
窓際のグリル(その下におそらくペメリメーター・ヒーター)
富山のアルミ・ダイキャストを使った手すり
手すりの握り棒もアルミ鋳物製

再び、正面玄関前
正面玄関扉もアルミ鋳物
玄関扉の表面 手作りの質感のあるアルミ鋳物の表情
風除室
一階受付/チケット・総合案内
天井材は県内(氷見)産の杉が使われている
ロッカー室
1階内部壁の一部は、真っ赤なイタリアンスタッコで仕上げられている。
1階TADギャラリー
1階ミュージアム・ショップ
1階 駐車場からの出入口付近に設けられた情報コーナー
1階駐車場、増水時に美術作品を守るために、展示室・収蔵庫は2・3階に設けられている。
駐車場から1階ロビーへの入り口
美術館1階ロビー側のカフェ入口

1階に展示された模型
プロポ時の構成ダイヤグラム 実際にはArtゾーンは3階まで膨らんでいる。
同じく構造模型。
鉄骨メガトラス構造の架構がよくわかる
プロポ時の構造ダイアグラム。メガトラスは当初からの提案。強固なパラボラ耐震壁というのが実現案の模型にはないように見えるが、コンセプトは継承されているようだ。
総合案内前から2階に上がる階段

プロポーザル時と異なり、1階と2階はほぼ完全に床で遮蔽されている。2.1mの浸水に、より配慮した結果だろうか。

2階。左手が常設展示室、中央奥が企画展示室入口。

常設展示室内
同上(スタッフのユニフォームは三宅一生デザイン)
3階。常設展示室への通路。
3階常設展示室(デザイン展示室)内
(近代の)椅子のコレクションが充実している

照明器具ディテール
瀧口修造コレクション

図書閲覧スペース
日本橋たいめいけんが地方初出店

伊丹十三監督の映画「タンポポ」に出てきたオムライス
ナイフを入れて切り開き、賞味。
レストランで食事する人たちがファサードに映し出されて、都市的な表情を生み出している。

バス停もおそらく、美術館と一体的に内藤氏がデザインしたものだろう。歩道など周辺環境との調和も含め徹底している。
カフェ全景。天井は内部から外部まで、同じ杉材を使い、同面(どうづら)に仕上げている。そのことで内部と外部の連続性が強調されている。化粧蓋もきちんと外部床仕上げの目地に合わせて計画されている。

一階カフェは、正面を折れ戸にすることで、気候のよいときは通りに対して開かれ、新しい街の賑わいを生み出している。(地方都市では、夜はさすがに行き交う人の数も少なくさみしいが)

夜になると「ふわふわ」の中に明かりが灯る。子供たちはもういない。
屋上は夜間も開放され、夜景を望むことができる。

1階のみに配された、赤い壁が効いています。閉館後も、ロビー空間は照明が入り、部分的のようだが開放されている。光熱費がかかるのはやむをえないが、夜も周辺環境のなかで一つのランドマークとしての役割を果たしている。

回遊性が高く、空間がおおらかでゆったりしていて、美術館という役割を超えて市民に親しまれる場になっているように感じました。富山県に産する、杉材や、アルミ製品が多用されていて、ロビーからの運河や立山連峰への風景からだけでなく、建物のさまざまなところから「富山らしさ」を感じることができました。

美術館本来の中心的機能である展示空間については、ホワイトキューブ型というのか、機能的で使いやすそうですが、自然採光を取り入れたりするような個性的な部屋はありませんでした。美術作品をディスターブしないような良好な展示空間であることは間違いないと思います。

館長である雪山行二氏は、「富山県美術館は、当初から「開かれた美術館」を目指した。(中略)富山県の人たちが富山の文化に自信を持ってもらえる美術館にしていきたい。50年後も維持していくには美術館が孤立してはよくない。公園や子どもの遊び場そ融合した一つの方向性を示せたのではないか。」と語られています。(前出『日経アーキテクチュア』の特集記事より)

北陸新幹線が開通し、東京からのアクセスも格段に良くなった富山。全国でもコンパクトシティの成否が分かれてきた昨今、全国に先駆けて次世代路面電車LRTを走らせるなどして、その先進都市として知られ一定の成功を収めてきたといわれる富山市に新しい、文化発信拠点、市民の憩い・集いの場、そして、県外の人たちをもひきつけることができる観光拠点ができました。夜のレストランやカフェはもう少し人が入ってもいいかと思いますが、私の滞在中は多くの人々が訪れていて、少なくとも今のところは大成功のようです。

この美術館はアートやデザインという文化の発信基地であるだけでなく、運河越しに立山連峰を望むことができるロビー空間には、チケットなしでも入ることができ、そのまま「カフェ」や「レストラン」でお茶や食事も楽しむことができます。それらのエンタテイメント性のある施設は、常時開放された「オノマトペの屋上」とあいまって、市民のみならず、遠くからの家族連れや、大都市観光には飽き、地方都市に関心が向かい始めた海外からの観光客をも呼び込める力をもっているような気がしました。

単なる展示施設・文化施設から、「市民の日常生活を豊かにするような地域コミュニティのひとつの中心」、「その地域の風土や文化を、初めて訪れた人でも一瞬にして体感することができる観光拠点」という機能を併せ持つように、日本の美術館も変わってきているのだと実感しました。

 

施設概要

所在地
〒930-0806 富山県富山市木場町3-20
建築設計
内藤廣建築設計事務所
構造設計
KAP
設備設計
森村設計
施工
建築:清水建設・三由建設・前田建設共同企業体
空調:北陸電気工事・アルタ・ユウホー設備共同企業体
電気:クリシマ・日重建設・小杉光電社共同企業体
衛生:明希総合設備・サカヰ産業 共同企業体
監理
内藤廣建築設計事務所
構造
鉄骨造(一部鉄骨鉄筋コンクリート造)
階数
地上3階
敷地面積
12,548平方メートル
建物面積
6,683平方メートル
延床面積
14,990平方メートル
(うち、美術館用途 9,965平方メートル)
最高高さ
19メートル