2019年4月3日午前、ベトナム、ホーチミン市を拠点に活躍する建築家、西澤俊理さんの事務所兼自宅、ビンタン・ハウスを訪ねました。

西澤さんは、私が安藤忠雄建築研究所に在籍していた時の同僚で、私よりも後に入所し、私よりも先に卒業して、すぐにベトナムに移住して建築家として活動を始めました。いまでももちろん大変なことなのですが、当時はいきなり外国で独立する人も少なく、本当に勇気ある行動だったと思います。最初は、日本から戻り本格的に祖国ベトナムで活動を始めたヴォ・チョン・ギアさんと二人で事務所を始めました。その後、その事務所に加わった佐貫大輔さんとともに新しい事務所を興ししばらく2人で活動、現在はNISHIZAWA ARCHITECTS として単独で、スタッフとともに事務所を運営されています。その辺の事情も少しお聞きしましたが、ここでは割愛します。

今から15年ほど前、「スリランカの住宅」を安藤事務所で私が担当していた時、スタディ用の模型をつくってくれたのが西澤さんでした。そのことを私はすっかり忘れていたのですが、西澤さんはしっかり覚えていました。というのも、西澤さんには「スリランカの住宅」に特別な思いがあったからなのでした。

今回、西澤さんが熱帯建築に興味をもったのは、私がスリランカの現場の写真を見せたのが一つのきっかけであり、もしそれがなかったらベトナムに関心をもち、移住して現在のような道を歩むこともなかったかもしれないいう話を、10年以上の時を経て聞くことになり、「ええ、そうだったの!」と驚き、人生は面白いものだなと思いました。西澤さんは最近、そのことをときどき公の場でも話しているそうです。

この住宅は、西澤さんが、完全に一人で活動される前の過渡期の作品で、クレジットはVo Trong Nghia Architects +Sanuki+Nishizawa Architectsとなっています。2010年から12年にかけて設計され、施工は12年から13年になされました。ご本人から伺ったお話では、西澤さんが主担当としてデザインに関わるほとんどの仕事をしたということで、実質的に西澤さんのデビュー作であり、代表作であるといっていいのではないでしょうか。

ファサードからは植物が勢いよくはみ出している。

事務所の看板

敷地はサイゴン動植物園から水路を隔てて北東側に位置している。サイゴン動植物園は1864年に開園されたアジアでも最古の動植物園であり、敷地のある一角はかつては園の一画だったという。

 

鉄製の凝った意匠の門扉をあけると前庭がある。

門を開けると前庭部分には存在感のあるコンクリート打放のらせん階段があります。手前は所員たちの通勤用のバイクか?

そのらせん階段の右を通り過ぎて階段を下ると、西澤さんの事務所がある。もとは別用途(パーキング)だったらしい。

これはかつて駐車場だった頃の地階平面図

長いテーブルを共有して、スタッフの皆さんが働いている。お邪魔してすみません。

その奥には自然光が漏れ落ちる水庭がある。

 

奥の壁はレンガ積み。このヤシの木は生きていて、この上で葉っぱを広げている。

池には魚も泳いでいる。西澤さんは生き物が好きだ。

壁は現地のレンガ積み

 

1階は飛ばして2階へ

地下の事務所を出て、らせん階段をのぼり2階へ

2階から通りを見る

2階は、コンクリート打放しの3つのヴォールト天井が連続している。

床はコンクリート金コテ押えの上に磨きをかけた仕上げ。スリランカでも「カット・コンクリート」と呼ばれ、よく使われていた。

自然な感じで仕上げたいと西澤さんが思っていたのに、職人さんが「俺に任せろ」という感じでわざとムラを強調してしまって困ったというエビソードも。そういうニュアンスを伝えるのは意外と難しいですね。

コンクリート打放の天井の施工精度などには、本当に苦労されたようだ。私も「スリランカの住宅」を担当していたのでよくわかる。スリランカの住宅の場合は、日本のゼネコンOBの技術者の方2人に交互に常駐してもらい、現地の技術者・職人たちに技術指導を行い施工水準の向上を図ったが、それはとても特別なことだ。西澤さんが一人でいかに悪戦苦闘したかは、私の想像をもはるかに超えているだろう。

2階リビング。この庭の向こう側にはサイゴン動植物園がある。動植物園に住みついた色鮮やかな野鳥やトカゲなどの動物たちが住宅内を通り抜けていくという。階段をのぼって3階へ。

3階ベッドルーム。さらに階段をのぼって4階へ。

階段をのぼり4階までたどり着くと植物の生い茂った水庭がある

さながらジャングルのようだ

4階は打ち放し天井が波打っている。

各階のエレベータ(左手)の前にはあえて荷物を置いて封印しているそうだ。

ここは西澤さんが間借りしている家で、もともとオーナーの依頼に応じて設計された。西澤さんの考えではエレベーターはいらないものだったのだろう。それはわかるような気がする。

4階 ダイニング・キッチン

らせん階段をのぼって5階へ

5階に至ると、半分程度の開口率をもつ、コンクリートでできた格子状の壁と天井に囲われた、植物の生い茂る庭がある

屋根には直射日光を遮るため、農業用のネットを全体に掛けている。

5階寝室

5階寝室。この奥に動植物園があり、キリンなどの動物が見え隠れし、夜明けのひとときには、動物園内のテナガザルや象の鳴き声があたりにこだますることもあるという。

設計者の西澤俊理さん

再び4階へ

階段をおりて徐々に下階へ

2階リビング

この建物は全体に自然光を制限していて、明るすぎず、明暗のコントラストがあるのがいいと思いました。天井も高すぎない。

2階リビングから前庭のらせん階段へ

らせん階段を下りて再び地下の事務所へ

断面的にはこんな構成になっている。巧みに各階で各層のヴォリュームをずらして、周囲の都市環境や自然との緩衝帯としての「庭」をつくっている。また地階、2階、4階では、天井の形状を変えていることがわかる。

再び、地階の事務所へ

ここで西澤さんより、近作に関するレクチャーをいただきました。

ベトナムという言葉もあまり通じない異国の地で、施工精度やコミュニケーションの問題と戦いながら、現地の気候的・文化的要素も取り入れつつ自らの建築的理想を実現しようとした、若い意志の感じられる瑞々しい作品だと思いました。

西澤さん、再会できて本当に嬉しかったです。10数年前に事務所の向かい合った席で時間と場所を共有していた二人が、片やベトナムのホーチミン、片や日本の山形というまったく異なる環境に居場所を移しながらも、同じ建築の設計という仕事で今もつながっているということが不思議でなりません。

でもネットでは瞬時に世界とつながる時代、意外と心の距離感はなく、声をかければすぐにでも、向こう側から返事がかえってきそうです。

丁寧にご案内いただきありがとうございました。さらなるご活躍をお祈りしております。またお会いしましょう。