9月23日、グッゲンハイム美術館には入館せずに、同じ5番街沿いにある、メトロポリタン美術館(Metropolitan Museum of Art)に行きました。パリのルーブル美術館、サンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館などにならぶ、世界最大級の美術館です。

公立の美術館だと思っていましたが、驚くべきことに純然たる私立美術館だそうです。

設計は、1872年に設立された美術館が現在のデザインの建物になったのは1902年。そのオリジナルがRichard Morris Hunt(1827-95)によって設計され彼の死によって息子の建築家ハントが完成させることになりました。1910年には5番街に面する両翼がMcKim, Mead & Whiteによって完成され、1978年から今までの増築や改修は、Kevin Rocheによってなされています。

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上の絵はケビン・ローチによる、計画段階の増築部のコラージュ写真です。左の方に、グッゲンハイム美術館があり、二つの建物の位置関係と、この美術館の巨大さがわかると思います。(建築家ケビン・ローチについては別の回に触れたいと思います。)

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5番街を、グッゲンハイム美術館の方から徐々にアプローチする。(この張り出したWINGはマッキム・ミード・アンド・ホワイトによるものと思われる。)

マッキム・ミード・アンド・ホワイトは、三人の建築家によって設立された、合同設計事務所で、ペンシルベニア駅や、ブルックリン美術館などの公共建築を含め多くの建築を手掛けた有名な会社です。設立は1872年、三人がそろったのが1879年。今は、名前が変わって一応存続しているようです。

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ハントによる正面玄関ファサード・デザイン

ハントは、アメリカ人で最初にフランスの国立美術学校エコール・デ・ボザールに入った人で、日本ではあまり知られていませんが、アメリカでは特筆すべき建築家です。政治的な動きもしたようで、アメリカにおいて建築家が、医師や弁護士と同じような社会的地位や報酬をえられるプロフェショナルとしてあつかわれるようになったのは彼の功績が大きいらしい。アメリカ・ヨーロッパでは、最初から建築家の地位が高かったように思っていましたが、それぞれの国で闘いがあって、今の状況ができているんですね。日本ではまだまだですが。

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エコール・デ・ボザールに学んだハントらしい、古典主義的な外観で、細密な彫刻が施されている。

ハントはメトロポリタン美術館だけでなく、5番街に面する多くのアパートを手掛け、アメリカ建築家協会(AIA)の設立者でもあります。

1872年に開館したメトロポリタン美術館は、増築を重ね、現在18万㎡超の床面積と、300万点を超える収蔵品をもっています。そして、そのうち数十万点が常時公開されています。その全体を見ておきましょう。

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この正面玄関が下の全体平面図の上部中央にあたります。
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全体平面図 比較的太い構造体(黒く塗りつぶされた部分)で囲われた部分が、ハント設計のオリジナル。そのうち、上部の両翼はマッキム・ミード・アンド・ホワイトによるものと思われる。それ以外の、建物に取り付くように配置された、右下、左下、そして下部中央に突き出している棟が、ケビン・ローチによる増築である。
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画家の千住博氏は、「メトロポリタン美術館は、まるで宗教空間のような、ある種の厳かな雰囲気に満たされている。天井は高く、差し込む光も神々しくさえある。」と指摘しているが、特にこのエントランスホールにその特徴がよく表れている。

 

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混み合うエントランスホール。

ここでも、入口の荷物チェックがあったが、この期間に、ローマ法王のNY訪問や、国連総会の開催(各国首脳のNY滞在)があったためで、いつものことではないかもしれない。

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入場料は一応お奨めは25ドルだが、強制ではなく、その人の気持ちや懐事情で、いくらでも構わない。(この美術館独自のシステム)

アーチとドームを組み合わせた、空間ボリュームのあるエントランスホールは、格調高く、美術との出会いへの期待感を高める。

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丸い天窓から、自然光が降り注ぐ。

建物の完成時期を考えると、まだ、鉄筋コンクリートの技術は確立されておらず、組石造でつくっている可能性がきわめて高い。というか確実に組石造だろう。(最初の鉄筋コンクリート造の建物と言われる、オーギュスト・ペレのフランクリン街のアパートができたのが1903年)

今から110年も前に石だけからこれだけ壮大かつ緻密な建築をつくっていたとは。時は明治初~中期。西洋には紀元前からの壮大な石造の歴史があるとはいえ(たとえば、ローマには紀元前25年につくられたパンテオンという直径43mのドームがあるが)その高い技術力に驚嘆する。維新後に欧米に派遣された日本からの使節団は、蒸気機関などの近代的な機械だけではなく、このような手仕事という意味では半ば原始的だが、構想力と構築性に富んだ巨大な西洋の石造建築に圧倒されたことは想像に難くない。

 

エントランス・ホールからいくつかの展示室を経由して、一番奥のセントラル・パーク側にある、アメリカ館に向かいました。

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途中で、甲冑などの西洋中世の武具の展示室を通る。

大きな半円形のサイドライトから自然光が入ってきて、奥まった部屋なのに、閉塞感を感じさせません。

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ケビン・ローチによる増築部である、アメリカ館のエントランスにあたる、巨大なガラス張りの吹き抜け空間。

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ガラスの向こうにはセントラルパークの緑が垣間見える。
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側面には、歴史的建造物のファサードをインテリアとして取り込んだ壁がある。まるでレリーフのようになっている。もう少し、周囲の壁をセットバックすることもできたと思うのだが、意図的なのだろうか。

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彫刻の展示室兼休憩のできるラウンジになっている。

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美術品との対話は楽しいことであるが、そのレベルが高いほど、真剣に向き合えば疲れるものでもある。比較的小さな展示室の繰り返しのあとで、このような開放的なアトリウムを設けることで、来館者は疲れをいやすことができる。

 

アメリカ館が竣工したのは1980年。今から35年ほど前、ハント設計の美術館ができてから約80年後である。

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アメリカ館は、上の全体平面図の左下にあたる部分である。おそらく移築してきたであろう、古典主義的な2階建ての石造の建物を中心として、それ以外は、RCや鉄骨でつくられているように見える。
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ケビン・ローチによるアメリカ館のアトリウムも、現代的というよりも、近代建築の黎明期の、水晶宮やキュー・ガーテン、ガレリアのような、古典に近い趣きを感じる。ケビン・ローチも千住氏のいうような、美術と宗教の関係を、意識的/無意識的に感じ取って、このような、ある種の崇高性のある空間をつくったのだろうか?
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アメリカ館完成当時の写真

アメリカ館のアトリウムの平面図に丸が8つ描いてあり、これがなんだかわからなかった。増築竣工当初の写真を見て、これが樹木だとわかった。現在は一部に草花の植えられたコーナーがあるだけで、樹木はない。本格的な彫刻広場にする計画が持ち上がり、樹木が撤去されたのか、それとも屋内で樹木を育てるのが難しく、枯れてしまったのかはわからない。

現在の写真と比べると、ラウンジの床も、あとから一枚増やしているみたいですね。

この古典建築の左脇の入り口から、アメリカ館の展示室に入っていきます。

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アメリカ館には、アメリカ合衆国で生み出されたさまざまな作品が集められている。絵画、彫刻以外に、家具、調度品なども多く展示されている。
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置時計や、照明装置も。
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一見、オルガンのような楽器に見えるが、蓋を開いて使う、ものを書くための机ではないだろうか?
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家具は、装飾的なものでも、ヨーロッパとは少し趣が違うように感じられる。壁にかけられた絵皿の絵柄は東洋の影響か。
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くどくない程度に彫刻の入った、個性的なデザインのハイバックチェア。実用というより、室内の装飾的な要素となるものだろう。
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千住氏の説明によれば、美術と宗教はほとんど同じ歴史を歩んだ存在であり、それらは何万年も前に、洞窟の中で、お互いを補強する双子として、生まれ、育ったのだそうだ。

(このことは西洋美術だけでなく、仏教美術から発展した、日本美術にも言えるのだろう。イスラム教から発展した美術もある。)

洞窟壁画は宗教空間の内壁となり、さまざまな宗教に美しい美術を残した、そのような背景もあって、メトロポリタン美術館は、すべての部門にわたり、宗教美術や、宗教に深い関わりのある工芸品などを多数収集している、一つ奥までこの美術館を体験したければ、まずはこの要諦を押さえておかねばならないと千住氏はいう。

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エントランス・ホールから、2階に上る階段。

 

確かに、上の写真を見てもいかにも宗教空間という雰囲気だ。

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上の写真の階段を下り切ると、エントランスホールの吹き抜けにいたる。