日本では、江戸時代までは伝統的に、同じ大工さんが一軒の建物の設計と施工の両方を行ってきました。

明治期に、近代化の過程で、西洋から「Architect(建築家)」という、設計とその監理を専業とする職業が導入されました。

戦後、国により「建築士」という制度が整備・確立されましたが、これは西洋の「Architect」とは異なる職能であり、工学的性格が強く、建物を設計する技術者としての立場を保証する資格です。

古来組石造が多い欧州では新築の建物は頻繁には建てられないという事情もあり、「Architect」の数はそれほど多くありません。移民の国アメリカでは状況は異なりますが、「Architect(建築家)」は、「Engineer(技術者)」とは明確に区別されています。

一方、戦後の日本では、焼け野原からの復興を目指して多くの「建築士」が必要となり、施工とは独立して設計をになう「設計事務所」も多く設立されました。

しかしながら、大工さんが設計・施工を一括受注した伝統をもつ日本では、ゼネコン(総合請負業)やハウスメーカーに、設計と工事を一括して行う様態が引き継がれるという、西洋とは異なる独自の建築文化が発展しました。

その結果、「設計事務所」は数多くあるが、「建築家」の役割は一般にはわかりにくく、その職能も、そもそも確立できていないというのが日本の現状かと思います。

戦後70年を経て、日本には、多くの耐久性の高い鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建物が建てられ、建て替え需要はあるものの、ある意味飽和状態になっているといっていいでしょう。

現代日本における「建築家」「設計事務所」に期待される役割も当然変わっていかざるをえません。

「建築家」は、「新築」も手がけるが、既存の建物の「リノベーション(改修・模様替え)」や「コンバージョン(用途変更)」といったストック活用型の仕事にも取り組むことが求められています。

それは従来は「インテリア」とみなされていた領域にも守備範囲を広げていくことでもあり、古い建物を壊すのではなく、それらを補強しながら今の時代のニーズに合わせて再生することでもあります。

そして、「建築」を超えて、「ランドスケープ(造園、公園、都市景観整備など)」や「まちづくり」といった、広く「環境」を「つくる」あるいは「編集」するという役割をになっていくように変わっていく必要があるのでしょう。

ハードである「ハコモノ」をつくることから、ソフトである「プログラム(活用法など)」をつくるような「企画・プロデュース」の仕事もその重要さを増してくることでしょう。

ミクロからマクロまで、ハードからソフトまでを、縦横に翔ることができる、シームレスな思考が「建築家」には求められています。

「空間芸術研究所/vectorfield architects」は、現代における「建築家」の役割を考え、時代の要請に応じて、人々の生活環境をかたちづくるお手伝いができればと思っております。

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